前回の記事では、船の新燃料とCO₂削減について感じている疑問を書いた。その疑問の根底にあるのが、熱力学の基本原理である。
今回から数回に分けて、熱力学の法則をできるだけ分かりやすく解説しながら、船や新燃料との関係について考えてみたい。
なお、筆者は熱力学の専門家ではない。機関士・工務監督として現場でエンジンや機器と向き合ってきた立場から、実感を交えながら書いていく。学術的な厳密さよりも直感的な理解を優先しているため、その点はご容赦いただきたい。
熱力学とは何か——なぜ船と関係があるのか
熱力学とは、熱とエネルギーの関係を研究する学問である。
もともとは産業革命時代の蒸気機関の研究から発展した学問だが、現在ではエンジン、タービン、発電所、冷凍機など、あらゆる動力機械の基礎となっている。
もちろん船のディーゼルエンジンも例外ではない。
燃料を燃やして熱を発生させ、その熱によってピストンを動かし、最終的にプロペラを回して推進力を得る。
船が前に進むという現象も、熱力学の法則によって説明できるのである。
熱力学第一法則——「エネルギーは消えない」
第一法則の意味
熱力学第一法則を一言で表すと、
「エネルギーは消えない」
ということになる。
より正確に言えば、
「エネルギーは形を変えて移動するが、その総量は変化しない」
という法則である。
エネルギーは無から生まれることもなければ、完全に消え去ることもない。
化学エネルギーが熱エネルギーになったり、熱エネルギーが運動エネルギーになったりすることはあっても、全体としてのエネルギー量は保存される。
この法則は「エネルギー保存則」とも呼ばれている。
第一種永久機関は存在しない
この法則から導かれる有名な結論がある。
それは、
「何も入力せずに永遠に動き続ける機械は作れない」
ということだ。
これを第一種永久機関の否定という。
もし外部からエネルギーを与えていないのに機械が動き続けるなら、無からエネルギーが生み出されていることになる。
しかし熱力学第一法則によれば、それは不可能である。
世の中には時々、
「燃料不要」 「電気代ゼロ」 「永久に回り続ける装置」
のような話があるが、少なくとも熱力学第一法則の観点から見れば成立しない。
身近な例で考えてみる
例えばダムの発電を考えてみよう。
高い場所にある水は位置エネルギーを持っている。
その水が落下すると運動エネルギーに変わり、タービンを回して電気エネルギーに変換される。
さらにその電気が電球に送られれば、光エネルギーや熱エネルギーに変わる。
エネルギーの姿は次々と変化していく。
しかし最初の位置エネルギーと、最後に生じた光や熱のエネルギーを合計すると、全体のエネルギー量は変わっていない。
エネルギーは消えていないのである。
ただ形を変えているだけなのだ。
船のエンジンで何が起きているのか
船の主機関でも同じことが起きている。
重油の燃焼
化学エネルギー → 熱エネルギー
ピストンの往復運動
熱エネルギー → 機械的エネルギー
プロペラの回転
機械的エネルギー → 船を進める運動エネルギー
冷却水・排気ガス
熱エネルギーが外部へ移動
この過程でエネルギーが消えているわけではない。
燃料に含まれていたエネルギーが、別の形へ変換され続けているだけである。
ただし、現実の機械では投入したエネルギーのすべてが推進力になるわけではない。
その理由については、今回の第一法則だけでは説明できない。
そこが次回解説する第二法則の重要なテーマになる。
第一法則と新燃料の関係
アンモニアや水素、メタノールといった新燃料について考えるときも、第一法則は重要になる。
例えば水素を製造する場合には電力が必要であり、アンモニアを製造する場合にも多くのエネルギーが必要になる。
ここで第一法則が教えてくれるのは、
「投入したエネルギー以上のエネルギーを新たに生み出すことはできない」
ということである。
つまり、新燃料はエネルギーを生み出す魔法の物質ではない。
何らかのエネルギーを使って製造されたエネルギーの運搬手段、あるいは貯蔵手段と考える方が実態に近い。
前回の記事で私が「スカスカの燃料」という表現を使ったが、これは燃料を批判する意味ではない。
単に、
「単位体積当たりのエネルギー密度が重油より低い」
という技術的な特徴を指している。
新燃料を考える際には、燃焼時のCO₂だけでなく、その燃料を作るまでにどれだけのエネルギーが投入されているのかも合わせて考える必要があるだろう。
まとめ——第一法則が教えてくれること
熱力学第一法則は、
「エネルギーは消えない」
という極めてシンプルな法則である。
エネルギーは化学エネルギー、熱エネルギー、機械的エネルギーなど様々な形に変化するが、その総量は変わらない。
この法則があるため、何もエネルギーを与えずに永遠に動き続ける機械は存在しない。
そして新燃料について考える際にも、
「投入したエネルギー以上のエネルギーは取り出せない」
という当たり前だが重要な事実を思い出させてくれる。
ただし第一法則は、エネルギーの「量」について教えてくれるだけである。
なぜ投入したエネルギーのすべてを推進力に変えられないのか。
なぜ変換を繰り返すほど効率が下がるのか。
その答えを示してくれるのが、次回解説する熱力学第二法則である。



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